真田氏本城跡

2021/5/20~22 2泊3日 走行615km  (ページ 1/12) 

16年程前に長野県長野市にある戸隠神社5社の一つの中社には参拝したが奥社等の五社巡りが出来なかったのでいつか参拝しようと思っていた所、連休が取れたので約12年ぶりに長野旅行に行くことに。戸隠5社巡りには3時間はかかるので、初日は上田市を観光し二日目に戸隠神社五社巡りに向かう事にした。

2:53 仕事終わりに寝ないで千葉を出発し下道で長野県へ向かう。梅雨前線上に発生した低気圧が西から押し寄せて今日明日と全国的に大雨の予報で埼玉県深谷市辺りからすごい濃霧に襲われ視界が悪かった。

5:24 埼玉県深谷市にある道の駅おかべでトイレ休憩。国道18号を進み、最急勾配8 %の碓氷バイパスを上がっては下り長野県に入る。軽自動車では速度が出ずしんどかった。

7:12 セブンイレブン軽井沢鳥井原店に寄り、長野・山梨県限定販売の安曇野産玄蕎麦を使用した安曇野産石臼挽きそば粉のざる蕎麦(429円)を購入。

ほぐし水を入れてほぐしたがまだパサッとしていて、蕎麦の風味は薄く普通の蕎麦で期待し過ぎてしまったのでガッカリした。めんつゆは美味しく麺につゆを浸み込ませて食べた方がよかったのかもしれない。テレビの「マツコの知らない世界」で紹介されていたスーパーで買える蕎麦のおびなたの二八の極み小諸七兵衛の蕎麦の方が美味しかった。

7:30頃 次は上田城址に行く予定だったが少し時間が余ったので明後日に寄る予定だった、真田氏本城跡(松尾城)に向かった。ここから35㎞程走る。

8:24 田舎道の途中に真田家の家紋の入った赤い旗がたくさんある場所を曲がり真田氏本城跡へと登っていく。

民家を通り少し急で狭い道を少し登っていく。

8:25 真田氏本城跡駐車場に到着。車は10~15台位は止められそう。真田の家紋が入った赤い旗がたくさんありワクワクする。

高台にあり山の景色がとてもいい。誰もいなく鳥のさえずりや風の音しかしない。

南の方角に真田本城の支城の天白城跡が見える。

外観がきれいなトイレがある。トイレで手を洗ったらなぜか草を腐らせた様な強烈な臭いがしばらく手から取れなかった・・・。雨水を貯めているのかしばらく使われていなかったので古い水が出てきたのかもしれない。

駐車場の隣にある真田氏本城跡の入口。真田氏が上田城の築城までの間、本城として居城にしていたそうだ。別名松尾城とも呼ばれるが真田家発祥の地とされる松尾古城が別にあり区別をする為に真田氏本城と呼ばれている。

入り口を進むとのどかな公園の風景。右横は急斜面の崖なので注意。

右の崖側の景色。遠くに上田市立長小学校が見える。

堀切跡(推定)の案内板がある。

8:29 少し小高くなった先に向かって緩やかな斜面を登ってみる。左の崖にも堀切跡(推定)とある。

横は急斜面で攻めずらそう。

8:34 開けた場所にでて景色が素晴らしかった。ベンチもある。タンポポの綿毛を数十年ぶりに見た気がした虫も結構飛んでいて自然豊か。

高台からは上田盆地が眺められた。右側の山は武田信玄と争った村上義清の支城砥石の砥石城跡がある。新田次郎の小説の武田信玄全4巻を読んだ時に砥石崩れのシーンがあったことを思い出した。武田信玄軍が7000の兵で、村上義清軍500の兵で守る砥石城攻めで2回も敗北した戦い。武田信玄が生涯敗北したのはこの二回だけ。その後真田昌幸の父の幸隆が調略で半日で落とした。小説には若き真田昌幸も少し登場し面白い。養子に出ていた頃で名前が、武藤喜兵衛だった。

真田本城周辺図があった。真田氏館跡(御屋敷)も近い。御屋敷は上田城を築城するまでの居館跡。平時はここにいて戦になると真田本城にたてこもる。

真田氏本城は細長く3方を急斜面に囲まれていて地形を利用した攻め難い城だったに違いない。

8:34 この先に真田本城の郭がある。外郭?。桜の木っぽく春には景色がよさそうだ。

少し進むと本郭土塁があり、案内板があった。案内によると、真田本城跡は上田市指定文化財で、この城は天白城と共に馬蹄状に構築された南西面に広がる緩斜面には真田氏館跡や原の里がありさらに砥石城・矢沢城を望むことができる。本郭は東西8.6m 南北37mの広さで南側に高さ2mの土塁を築き北方へ二の郭、三の郭と段差を設けながら延びだしその北側は急崖となって厳重に防備している。規模が大きく水利もあり周辺城跡群等の関係からみて上田城築城以前の真田氏本城であったと推定される。標高は895m。ここも堀切跡(推定)の看板。

本郭に向かうには大きな本郭土塁があるので左にそれて登っていく。

登った先の本郭土塁には真田氏本城の碑と謎の石で作られた祠が複数あった。

本郭土塁の横をさらに進むとお地蔵様がいた。傾斜がありさらに登っていく。

8:36 登りきると本郭があった。本郭は東西8.6m 南北37mの広さ。

本郭からの景色。奥の山に根小屋城・尾引城・打越城があったそうだ。見晴らしがよく敵の動きや支城の状況がよく見えそうだ。

本郭から先にも登りの道が続いている。

アップダウンの細い道を進む。

二の郭が見えてきた。

8:38 二の郭。

二の郭からの景色。

道はさらに続いていて進んでみる。事前にあまり調べていなかったのでこんなに広いとは思っていなかった。誰もいなかったがマスクをしていて息苦しくしんどい。

虎口の看板がある。虎口とは城郭の出入り口・狭い道・危険な場所を意味するそうで、ここに出入り口や攻撃施設があったのかもしれない。

8:39 三の郭。

細いが奥まで続いている。

腰郭。腰郭とは山の斜面に削平地を築いた郭で、敵を誘い込み高所の郭から有利に攻撃するための郭。

三の郭の奥は少し開けていてベンチがあった。

三の郭の先端には切岸の看板があった。切岸とは斜面を削って人工的な急傾斜の断崖にして斜面下からの敵の侵入を防ぐために造られた防御施設らしい。真田本城跡は本郭、二の郭、 三の郭と段差を造りながら延びていて、その北側は急崖となっていて、自然の地形を利用した真田氏の巧みな築城技術が用いられていた。駐車場へ戻る。

三の郭から本郭土塁までサクサク歩けば3分程かかる。自然豊かな山城が散策出来て面白かった。所要時間は30分程。きれいなトイレがあったり歩き易いように整備はされているが、山城っぽく砦は再現されていないのでちょっと物足りない。景色が見渡せる見晴櫓などでもあればいいと思った。

8:50 次はここから10㎞程先にある上田城跡公園に向かった。

真田本城跡

長野県上田市真田町長5029-3

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