沼田城址 紅葉散策

2020/11/12~14 二泊三日 走行540km  (ページ 12/18) 前のページへ

10:43 沼田城址公園に到着。沼田城址は標高約400mあり沼田駅からは70mの標高差があり長い坂道や急勾配の坂を上った丘にあった。立派な入口だったがたくさんの電線が張り巡り景観を邪魔していて残念。後ろの紅葉した立派な銀杏の木が勿体ない。

ゲームの戦国無双の真田幸村のパネルがあった。沼田城址は真田家ゆかりの地。1580年に武田勝頼家臣の真田昌幸が入城し城の規模を広げ、1590年に昌幸の息子の信之が沼田城の領主になった。沼田公園は本丸・二の丸・三の丸の一部が整備され公園になっている。

駐車場は沼田市観光案所側に53台止められ野球グラウンド側にはには25台止められる。紅葉シーズンで平日でも駐車場はいっぱいだった。観光案所は小さいながら六文銭マスクやお菓子など真田家グッズがたくさん販売していた。立派な沼田城のジオラマもあった。しかし狭くてお客さんが5人位になると狭くて窮屈だったのが残念。沼田公園に向かう。

沼田城址公園には桜が約210本もあり桜の名所だが紅葉シーズンでも見所が沢山あり綺麗だった。

赤や緑や黄色のコントラストが良く紅葉が綺麗だった。安いデジカメの性能が悪くうまく取れない。

紅葉のジュータン。

ゲームの戦国無双の真田信之と小松姫夫婦のパネルがあった。このあたりに本丸があったらしい。

真田氏初代城主の真田信之と正室小松姫の石像。真田信幸の才能を高く評価した徳川家康は重臣の本多忠勝の娘・小松姫を養女とし真田信之に嫁がせた。

真田信之と正室小松姫の石像の裏に進むと緑豊か。

紅葉が綺麗だったが綺麗に撮れない・・・。

紅葉が綺麗だった。

鐘楼。二代目城主の真田信吉が鋳造させた「城鐘」を保護しようと、沼田町役場の北東の隅に建てられた鐘楼を復元した。

真田氏時代の沼田城の絵。(昭和28年北村明道作)

戦国無双の真田信之のパネル。

沼田城跡西櫓台の石垣・石段。1590年に真田信之が城主になってから近代城郭として城を整備していたが1681年に沼田藩が改易されると城は壊された。近年発掘調査により西櫓台の石垣が発見された。

壊されず地中に埋められた事により400年前の石垣が残った。

裏に周れる道があり行ってみる。

下に降りていく。

石垣が見えた。

400年前の立派な石垣。

石垣と石垣の間は大きな堀になっていた。

沼田公園の奥に進むと広場になっていた。捨曲輪跡で真田氏が統治する前の沼田氏が築城した初期の曲輪跡といわれる。

戦国無双の真田昌幸のパネルがあった。捨曲輪跡は丸い形で高台にあり景色がいい。

谷川連峰や武尊山や三峰山等の山々が眺められる。

景色を眺めながら散策した。

11:15 次は近くの真田ゆかりの地の名胡桃城址に向かった。

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